僕はどんな人間なのか①

①几帳面で真面目

②かなり神経質なところがある

③成長期の出会いが人生を大きく左右する

④いかに人のために役立てるか、奉仕の精神と正しい信仰心に目覚めることができるかが幸福へのカギ

 

 

僕はこんな感じらしい。思い当たることがたくさんある…(笑)。

 

 

①「几帳面」とは、「型に合っていて、厳格で折り目正しいさま。いい加減でないさま」。僕は小さい頃からそうでした。それでも、年齢を重ねるごとにだいぶ丸くなりましたよ。某大手企業に勤めていた時もよく大先輩から「お前本当に丸くなったな。だいぶ角が取れたよな。初めの頃は…」などとよく言われてました。「真面目」さは、きっと僕を知っている方はわかると思います。これらがいい方向に作用してくれたら一番いいんだけど、これが元でストレスをため込んだりみたいな負の面もあるのは事実。コインと一緒で、何事も表裏一体、良いことも悪いことも表裏一体ってことだね。

 

②(⌒▽⌒)アハハ! 確かに神経質なところはありますよ(笑)。でもこれも時間と共にだいぶ穏やかになりましたね。これは恥ずかしくてあまり話したくないなあ(笑)。僕を知っている人は気づいた人もいるとは思います。

 

③「成長期の出会い」が僕の「人生」を大きく左右したのは事実です。かつて僕が某大手企業に入社したのも、今☆彡に戻ろうと頑張っているけど、大好きな飛行機の世界へ飛び込んだのも、確かに「成長期」に出会った人・こと・ものが発端です。

 

④「いかに人のために役立てるか」ということも小さい頃からよく考えていましたね。もちろん僕も人間だから、考えたことを実行して良い結果となった時もあれば、失敗してしまったこともあります。今も昔もトライ&エラーを繰り返しながら改善してきています。大事なことは、それを考えて実行したかどうかであって、結果ではないと思います。奉仕とは「社会や他人のために献身的に働くこと」、信仰とは「神や仏などを信じ尊び、その教えに心から従うこと」だけど、これらに目覚めることができるかが幸福へのカギ…うーん、難しい内容だね。どう解釈したらいいのだろう…。奉仕の精神をおろそかにしてしまったことはあるかもしれない。神や仏というのが宗教を指しているのなら確かにそうかもしれない。僕は宗教というものに全く関心がなかったから。例えば成田山とかに行くことはあるけど、あくまで観光目的で行くだけだからね。でも最近は「奉仕の精神」を改めて考えて行動しているし、「一般道で目指してみたシリーズ」ではいろんな神社に行ってしっかりとお参りするようになった。「またバカなことをやっている…」なんて思われているかもしれないけど、本当は真面目に考えているんですよ。

 

 

確かに当たっているかもしれないね。ただ、当たり・はずれで見るのではなく、プラス要素を心がけ、マイナス要素に陥らないようにすればマイナスを乗り切り、プラスへと転換できるということなんだと思う。

 

 

僕だって一人の人間、一人の男の子。幸せになりたいもんね。