とある記事より①

とある記事より抜粋…

 

①願いと祈りは表裏。

②世の中のことだけでなく自分自身のことまで、先が見えてこないから、悩みが生まれ、願いごとが生じる。

③誰にも見えない人生の先を正しく見通し、正しく計らってくれる人はこの世にたった一人だけいる。それがお釈迦様【神仏】である。

④目には見えないけれど、お釈迦様【神仏】がそばにいて見守ってくれている。それを絶対的に信じることができるかどうか。それが信心【信神】の分かれ道となる。

 

 

おみくじを引くようになってから気になっていました。「願い・祈り」とは何だろうか、「信神」ってどう解釈したらよいのだろう…。

 

 

そんな時、タイムリーに上記の記事を見つけて納得! 原文のままだと難しいので、先行詞(直前の名詞)を【】内の言葉に読み替えてみました。

 

 

②「世の中のことだけでなく自分自身のことまで、先が見えてこないから、悩みが生まれ、願いごとが生じる」

→先が見えない…今の僕の状態ですね。それで次から次へと「悩み」が生まれ、ひどい時は一日中悩み続けることになる…。そして「願いごと」が発生するんですね。そういうことか! きっと、真面目に考え、真剣に取り組み、解決しようと努力している証拠だと思う。だから決して「願い」=「私利私欲」ではないんですよ。

 

③「誰にも見えない人生の先を正しく見通し、正しく計らってくれる人はこの世にたった一人だけいる。それがお釈迦様【神仏】である」

→僕は、この言葉は真実だと思う。

僕は宗教を知らないので「お釈迦様」というものがよくわからないんだけど、ここの部分は「神仏」という用語で言い換えられると思います。「そんなこと、絶対に無理に決まっている」、「あなたにそんなことができるわけない」なんて言う方がいるけど、僕はその発言には賛成できませんね。「なぜあなたはそう言えるのですか? あなたは他人の将来が見えるのですか?」とぜひ聞きたいですね。そうなんです、ごくフツーの人間が人生の先(=将来)を正しく見通せるわけがない。自分の人生ですら見通せないのに、ましてや他人の人生をね。それは単なるその方の憶測です。憶測だから当たることもあれば外れることもあるわけで、そのような根拠もない言葉に惑わされるのはどうかと思う。そして、そのような方が人生を正しく計らってくれるのか、かなり疑問ですね。信じる相手を間違えてますよね。

 

④「目には見えないけれど、お釈迦様【神仏】がそばにいて見守ってくれている。それを絶対的に信じることができるかどうか。それが信心【信神】の分かれ道となる」

→僕は、科学では解明できない不思議な力や存在というものはあると思う。だから、目には見えないんだけれど誰かが見守ってくれている、とはリアルに思う。「絶対的に信じることができるか」と聞かれたら、僕は信じます。不思議な体験みたいなこともこれまでに何度もあったしね。「無理だ、絶対にできない」なんて思いながらやっていたら、その通りになるだけ。思考は現実になる、というのも事実だと思う。「大丈夫、夢は必ず叶う」と信じて前へ進む方が良き判断だし、結局「夢を叶える人は、最後まで諦めなかった人」だと思う。そして、その姿を傍にいて見守ってくれている存在は必ずあるから、諦めずに少しずつでも努力し続けるのが正しい道だと思う。

 

①「願いと祈りは表裏」

→これは、≒の関係と解釈してよいのだろうか。イメージとしてはわかった気がする。

 

 

力尽きるその前に、思いっきり派手にやりますか?(笑)