御神籤@麻賀多神社 ~裏面&表面の残り編~

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2018年9月8日のブログにupした麻賀多神社の御神籤についての続きです。

 

 

「教え」

云うは行うよりやすく、約束することはこれを守るよりやすし。

→「言うは実行するより簡単で、約束することは約束を守ることよりも簡単だ」
という意味らしい。その通りですね。


 「口だけでなく、行動で示せ」、「言ったことは守れ」ってことだね。僕もそう思う。ただ、僕たちは人間であって神様じゃないから、不可抗力で出来ないことだってあるだろうし、全力を尽くしても上手くいかないことだってあるかもしれない。僕自身は、「口だけで全く動かない」ではもちろん論外だしダメだとは思うけど、全力を尽くして動いたのであれば「それでよし」だと思う。結果も重要かもしれないけど、むしろそこに至るまでのプロセスを重視すべきかと。結果が全てでは絶対にありません。大事なのは、真面目に、誠実に、全力を尽くしたか、だと思うのです。

「それは自分に対する逃げじゃないのか」と言われるかもしれないけど、そう言われる方だって100%完遂できる保証なんてどこにもありません。少なくとも僕はそう考えて行動しているし、逆に相手に対してもそういう考えで接しています。

 

 

「天のみこえ」

おのが身を修(おさむ)むる道は学ばなむ しづがなりはひ暇なくとも

→「自分自身を修養するために学ぼう、愚かな私の職業で暇はなくても」という意味らしい。

※しず=賤(身分の低いもの、私)、なりはひ=生業(なりわい)→職業

「たとえ仕事で忙しくても、時間を見つけて、学問を修め、徳性を養い、より高度の人格を形成するように努めなさい」って意味らしい。

※「徳性」道徳上の義務、義理、人間としてふみ行うべき義務の観念を備えた本性。道徳心、道義心。

身体を壊してまでやる必要はもちろんないんだけど、これもその通りだと思う。ゴールもアウトもないし、遅いも早いもない。年齢だって関係ない。終わりなんてないんですよ。

 

 

「言」

もし、真の自由を求めようとするならば、心中の奴隷をとりのけることから、はじめねばならぬ。

→「心を縛っている思い込みから脱しなさい」という意味らしい。本当は心から欲しいと望んでいる「もの・こと」ではないが、自分のプライドや周りの目といった世間体を気にして求めているのであれば、それらを得たとしても絶対に幸せになれないし、真の自由は得られないってことなんだと思う。

僕は今3つの願いを追いかけているけど、これを指していると思う。「心から望んでいることなのだろうか」、「プライドや世間体を気にして求めているのではないだろか」ということは何度も考えました。結果としてこれらの願いは「心から望んでいる」ことであり、「プライドや世間体」ではないと判断したからこそ今があります。なので、力尽きるその時まで絶対に諦めないと思います。

思い込み…、うーん。実は心ある方からそんなことを言われたことがあります。「☆彡しかない」、「この人しかいない」と考えているのではないか、という指摘でした。僕は思い込みとは思っていません。僕は☆彡に入社が決まった時、心から喜びました。心と身体の健康を壊すまで夢中で仕事や勉強に打ち込んでいました。それなのに不幸が襲いました。そして、一度は諦めようと封印したけれど、大好きなあの人と時間・空間を共有できることに幸せを感じている中で突然会うことも姿を見ることもできなくなってしまった。そんな悲劇を経験した僕の「もう一度あのカウンターに立ち、ゲートを走り回りたい」、「大好きなあの人と再会したい」という思いが「思い込み」とは思えないのです。

 

 

今回もタイムリーな御神籤でした。どの御神籤も今の状況を正確にいい当ててますね。御神籤信じない派であった僕も、ちょっとハマりそうになっております。