御神籤@山中諏訪神社 ~残り編~

先日の山中諏訪神社で引いた御神籤の漢文・古文を見てみましょう。

 

 

「旧※何日解 戸内保嬋娟 要逢十一口 遇鼠過牛辺」

※「けん」の字が出てこないので省略

 

 

①旧(けん)何日解 

「過去の過ちはいつ解けるのだろうか」という意味です。古文では「ふるきあやまちをいつか言いひらかんとなり」とあります。「過去の過ちをいずれ申し開くことになる」という意味のようです。

→2015年の痛ましい出来事を指していると思います。僕は誤ちは誤ちとして、失敗は失敗として認めて心から反省しています。それを☆彡の皆さんに直接対面して伝えることになる、ということなのでしょう。むしろ僕はそれを望んでいます

 

②戸内保嬋娟

古文では「我うちによき心あれど少しのあやまりの為めに人に知られぬをいう」とあります。「心の中によい心はあるが、ちょっとした誤りのために他人にわかってもらえない」という意味のようです。

ちなみに、漢文の方ですが…。戸は「家や部屋」、嬋は「美しい、なまめかしい」、娟は「あでやか、美しい。また、姿の美しいさま」のこと。嬋娟は部首が「女」なので「美しい女性」という意味です。「(昔の過ちはいつ解けるのか、と嘆いてはいるが)部屋にきれいな女性をつき従わせているではないか」みたいな意味のようです。

→漢文の方はあくまで例え話ですからね。もちろんですが、僕は独身だし、実家暮らしだから誰もいませんよ。この漢文の趣旨も「心の中によい心はあるが、ちょっとした誤りのために他人にわかってもらえない」ということです。確かに「過去の過ちはいつ解けるのか」、「過去の過ちを反省しつつその失敗を活かしてもう一度あのお仕事がやりたい」、「その仕事を通して他人を幸せにし、自分も幸せになりたい」という思いが誰にもわかってもらえないし聞いてもらえない、という思いがあります。「ちょっとした誤り」というのが何を指しているのか僕にはわかりませんが、これが分かれば解決するのかもしれませんね。

 

③要逢十一口

古文では「よきことにあわんことをもとめばということなり」とあります。漢文の「十一口」は、「十」+「一」+「口」⇒「吉」ということです。「良いことに逢おうと求めていけばよい、吉を望んで努力すれば必ず巡って来る」という意味のようです。

→達成されれば幸せを感じる目標が見つかればそれに向かって努力をすればいい、ということだと思います。僕は「☆彡に戻ってもう一度カウンターに立ち、ゲートを走り回る」こと、「大好きなあの人に再会して想いを伝える」こと、そしてもう一つの目標を定めました。達成されれば幸せを感じる、は言うまでもないと思います。

 

④遇鼠過牛辺

→古文では「子の日におうて丑のかたの辺にゆきたらばよきことあるべし」とあります。鼠はネズミの「ね」なんですが「子(ね)」を、牛は「🐄」じゃなかった「丑(うし)」を指します。「子の日、丑の方角へ行けばよいことがある」という意味です。子の日というのは新暦の12月7日から1月5日の間、丑の方角は北北東です。

→12月7日から1月5日ってまさにこれからですね。北北東はまさに「成田空港」方向です。では行ってみることにしましょう。たまには古巣も見てみたいしね。変わってないんだろうなあ…。でも知っている人はほとんどいないと思う。

 

 

結局この御神籤が言いたいことは「悔い改めて福を祈れば、やがて運も開ける」ということ。今回の御神籤もほぼ今の僕を言い当ててますね。ちなみに、「半吉」というのは半分が吉で半分が凶。

 

 

さてと、今日も頑張るか。