御神籤@小御門神社 ~残り編~

今回は、先日の小御門神社で引いた御神籤の長文です。

 

 

まず、運勢は「大吉」でした。こんなに大吉を引くのも珍しい。きっといいことあるはずだ(笑)。いやいや、むしろこれまでが悪すぎたんだ!😊

 

 

「何をしても あとはよくなる見込みがあり、目的を変えてもよい運です。意志を強くもち努力すれば竜が天に昇るように出世します。」

→ここでも「運勢が回復する」暗示が出ています。御神籤のこの傾向はほぼ一致しているようです。目的(=目標、夢)を変えてもよい運とのこと。僕は目的地を変えるつもりは全くないけど、ここで大事なことは「目的」を持ちなさい、ってことだと思う。目的があるから何か行動するわけで、それが「あとはよくなる」につながる、目的もなくただ生きているだけではよくならないし、出世することもない、ということなのでしょう。何も目的がなければ行動しないはずだから、何も得られませんよね。

「竜が天に昇るように」とあるんだけど、「竜が出てきて天に昇るのを想像して下さい」と言われたら、竜がものすごい勢いで登っていく姿を想像すると思う。ものすごい勢いで登っていくのだから、大地の揺れもすごいはずです。つまり、周りも驚くような、大きな変化を伴う出来事が訪れる、と解釈できると思います。そう考えると、やはり何らかの大きな変化が起こると思えてなりません。

 

 

「言」

聖人は尺の壁を貴ばずして、寸の陰を重んず。時は得難くして失い易し。

→「尺壁(せきへき)」は、直径1尺もある大きな宝玉、のこと。「寸陰(すんいん)」は、ほんの短い時間、のこと。聖人は大きくて立派な宝玉よりもわずかな時間を大切にする、チャンスを得るのは難しく、得たとしても瞬く間に失い易い、という意味のようです。時間の過ごし方を考えなさい、時機はいつやってくるかわからない、仮に得たとしても受け入れ準備が整っていなければすぐに失ってしまう、ってことだと思う。

 

 

「教え」

今日の成功は、昨日の努力の収穫なり。

→努力なくして成功はあり得ない、ということです。そして、努力するためには明確な目標を持つことが必要です。もちろん僕には明確な目標がありますよ。

 

 

なぜこんな御神籤を引いたのか? 実はちょっと思い当たることがあるのですが、今は内緒にしておきます。 ただ、今一つ言えることは、御神籤ってある意味お遊び的な要素があるんだけど、今の僕には「引くべくして引いている」ように感じます。これも僕の「目に見えない不思議な力の存在がある」という思いにつながっています。