BOAC FLT911 ③

今回は、BOAC911便事故の「事故当日の気象状況」について

 

 

事故当日は西高東低の気圧配置で、富士山上空の風は「北西の風60~70ノット」だった

 

事故当日(1966年3月5日)の天候は快晴で、富士山の山頂付近では北西から60~70ノットの風が吹いていました。

事故前日の3月4日から5日の朝にかけて低気圧が速い速度で北日本を通過、その後はアジア大陸に高気圧、日本の東海上に低気圧がありました。まさに「西高東低」の気圧配置でした。これは冬型の気圧配置で、冬季における典型的なパターンです。そして、地表付近では西から東に向かって気圧傾度は急になっていました。つまり、風が強かったのです。地上天気図では、気圧線が狭い間隔で縦に何本も日本列島の上に引かれた状態です。風は北西から南東へ向かって強く吹き、気温も低下してかなり寒いのですが、このパターン時の関東付近はほぼ快晴で視界もよく、富士山が成田からでもよく見えるのは皆さんもご存じだと思います。

3月5日朝の東京~富士山間の地表付近は西又は北西の風で快晴、視程は非常によく、やはり富士山が見えていたそうです。そして、同地域の上空は西北西の風が吹いていました。富士山測候所(標高3,776m)の観測では、5日午後の山頂は北西の風60~70ノット、気温は-9~-12度だったそうです。

この日、富士山から半径150㎞内を飛行した航空機100機のうち79機が乱気流に遭遇、その大部分は高度3,000m以下での遭遇で、離着陸前後の低高度のものが多かったそうです。そして、この79機のうち富士山の東側、半径50㎞以内で激しい乱気流に遭遇したのが4機いました。

 

 

乱気流は予知できたか

 

この事故の場合、富士山風下の晴天乱気流に遭遇したことになりますが、ここでの晴天乱気流はつまり山岳波のことです。では、静岡県御殿場市付近上空に航空機を破壊するほどの激しい乱気流が存在することを事前に予知できたかとなると、「不可能であった」と言わざるを得ないと思います。詳しくはまたの機会にしますが、晴天乱気流や山岳波が発生するにはいくつかの条件があり、発生するとしてもそのエネルギーの大きさや影響範囲はその時々で違ってくるからです。そして、この手の乱気流は基本的に目に見えません。一方で、富士山の風下に山岳波が存在し、そのエネルギーがかなり大きかったとすれば乱気流の強さが極めて激しいものになる可能性は考えられる、ということになります。

 

 

山岳波を簡単に説明すると、40ノット以上の強い風が直角に山にぶつかった時に山の風下側で発生する乱気流です。事故当日の上空の風は北西の風60~70ノット、風下は山を越えた先のエリアだから、危険域は富士山の南東側。事故機が激しい乱気流に遭遇し、機体が空中分解し、墜落したのは富士山のやや南東…。事故を引き起こすほどの乱気流の存在を事前に予知することは不可能であったとはいえ、本当に不幸な出来事でした。

 

 

つづく